ポールP・ハリスのラジオ放送(肉声)

1905年、ロータリーの考え方と精神は、ポールP・ハリスによって創り出されました。そして1933年(昭和8年)ポールP・ハリスはロータリアンでない一般人に対して、創立28年を迎えたロータリー組織の結束を喚起させるためにラジオ放送による演説を行いました。
 ポール P・ハリスによるラジオ放送は、ヒトラーとスターリンという両巨頭が拮抗する中、アメリカが大恐慌にあった1933年に録音されたスピーチです。
 第24回 国際大会は1933年6月26日~30日、米国マサチューセッツ州ボストンで開催されました。RI会長は、クリントン P. アンダーソン(米・アルバカークRC)

-大会で採択されたメッセージ-
「人生は、単なるはがね、車、鉄道でなく、それ以上のものです。また事業以上のものです。
事業は目的でなく、目的のための手段です。
会話や文書の最も優しい言葉は、株式、債券、利益や配当などではありません。
会話や文書の最も優しい言葉は、母、父、妻、息子、娘、友人などです。これらは、人生の不滅のものの代表です。」

録音されたスピーチは「Rotarians On The Internet(ROTI)」のホームページにあります。
ポール・ハリスラジオ放送。1933年(昭和8年)ボストン世界大会に於いて。ポール65歳のスピーチを録音したものです。
この歴史的なラジオ放送は、フィルムで記録されたものではありません。ラジオ放送によって世界中を駆けめぐったものです。
皆さんが見ているビデオは、オーディオを元に編集したもので、写真やフィルム、アニメーションなどを使ってポール・ハリスへの賛辞として再構築したものです。
なお、ビデオは約7分間、最初の1分はRI初代事務総長:チェスリー・ペリーが、「28年前に、最初のロータリークラブは一人の弁護士によってシカゴで始まりました」とポール P・ハリスを紹介、続いてポール・ハリスのラジオ放送が約6分です。
ポール P・ハリスの放送分の日本語訳は下記に掲載しました。


-ポール・ハリスラジオ放送。1933年(昭和8年)ボストン世界大会-

 ラジオ放送を聴いておられる皆さん、こうして皆さんに話しかけることは、私の大変名誉とするところであります。私達は今、世界のあらゆる文明国から、ここボストンに集まっております。
 イギリス諸島から、チャイナ、日本から、ヨーロッパそして南アメリカの国々、オーストラリア、ニュージーランド、その他諸々の国から来ています。40ヶ国以上の代表が集まっており、或る人々は母国へ帰るのに地球を一周しなくてはなりません。何と栄光に満ちた、この時でありましょうか。
 この大会に際して、私の心は自然に28年前のシカゴに於ける初会合に遡ります。その時4名の者が出席しました。小さなドングリから、力強い樫の大木に成長したのです。
 ロータリーには、一般の人々の注意を引く2つの特長があるのだと思います。
 一つは、我々が職業分類と呼んでいるもの、即ちそれぞれの職業の代表者として、一人しか会員になれないという制限であります。
 もう一つの特性は、財産やお金の多寡、或は政治的、宗教的、立場の違いが、会員になるための障害にならないという規定であります。
この二つの規則ゆえに、ロータリーはあらゆる社会階層に道を開いているのです。すべての国民、そしてあらゆる宗教の代表者に対して開放されているのであります。
 このように、あらゆる階級に道を開くことは、大混乱、不調和、争いの種になるしょうか?
そのように考える人もいるかもしれません。しかし、人間が考え出した組織や計画には、様々な危険がいっぱいあるとしても、そこを敢えて行うロータリーに、その特質と栄光があるのだと思います。
 手順や公式は至って単純であります。ロータリアンには何故色々な点で、きわだった違いがあるのでしょうか。それは、2つの点に於いてロータリアンは完全な調和を達成しているのです。
 第一にロータリアンは、すべての民族は尊敬されるべきであり、他民族とは敬意を持って交わるべきと信じております。それは己の良心の命ずるところに従い、神を信じる全ての人々の特権であります。言葉をかえて言えば、ロータリーとは寛容(トレランス)であります。
 第二に、すべての職業は、それが社会に奉仕する限りに於いて、有用かつ名誉あるものと認められることであります。これらが固く合意されるならば、不調和ということはもうあり得ないのであります。
 ロータリーは調和に重点を置き、争いを極力避けます。ロータリーはかくして、人々共通の基準となり、人々誰もが歓迎される聖域となるのであります。
 カソリックとプロテスタント、ユダヤ人とキリスト教徒が、仲良くおつき合いしてはいけないと言う確たる理由があるのでしょうか?
 ロータリーに於いては、これがうまく行われています。カソリックのお坊さん、ユダヤ教の教師、プロテスタントの神父たちが肩を並べて仲良く座っています。インドヘ旅行すると、インドのロータリーでは、モハメット教徒、ヒンズー教徒、そしてクリスチャンが伸良くパンを千切っているのに出合うでしょう。これこそ人類のあるべき姿だと思いませんか?
 全人類に対する平和、名誉、友好、この言葉を覚えておきましょう。ロータリーは、ロバートバーンズの言葉が実現するよう努めているのです。人と人が皆兄弟になる時が来る、という言葉を覚えておきなさい。
 ロータリアンでない人々が、よく質問することですが、いったいどうしてそんな事が起こり得たのか? これに答えるのは大変難しいですね。
 一つの答えとしては、ロータリーに於いては、人は自然体であるように奨励されていることでしょうか。ただ常にありのままの自分であるようにと。
この世の中では、堅苦しい形式主義がはびこっているので、冷たい、無意味な形式主義を信じないロータリアンに出会うと、人々は何か心が安らぐように感じられるのかも知れません。
 人の心の奥底には、誰にでも少しばかりの童心(子供のような純真な心)が宿っております。友情に満ちた自然なおつき合いをすることによって、ロータリアンに少年の心がよみがえってくるのです。
 今夜、西洋から、東洋から、凍りついた北方から、そして南は赤道から集まった大勢の屈強な男達と心を通わせるのは、あなた方のみならず、私の特権とするところであります。
彼らの多くは奥様同伴で出席しており、みんなが握手を交わす時、みんなの顔は、微笑と輝きに満ち満ちています。
 もし、あなた方がこの場にいたならば、次のような私の結論に同意なさるでしょう。
即ち、Bard of Ayr(吟遊詩人)の言葉は単なる夢物語ではなく、人の心の最も良き概念、普遍的な好意と平和は、神の良き時代に実現する予言である、というそのような結論であります。
 つまるところ、ロータリーはWay of Life(生活のあり方)であります。良質で、自然で、健全で、友好的な生活スタイルであります。
 この世の中には、ロータリアンになる可能性をもった人々が大勢おります。そしてその多くの人々が、今私の放送を聴いております。
もし、あなたが隣人を愛する心の持ち主であるならば、あなたは既に潜在的ロータリアンであります。
(翻訳・文責: パストガバナー 太田英章)